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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)62号 判決 1989年9月19日

原告 イガラシ機械工業株式会社

右代表者代表取締役 五十嵐記四郎

右訴訟代理人弁理士 佐々木實

被告 田中産業株式会社

右代表者代表取締役 田中功

右訴訟代理人弁理士 小原和夫

主文

特許庁が、昭和六二年二月五日、同庁昭和六〇年審判第二三四五五号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「籾殼排出口に接続する籾殼回収用補助筒体」とする考案(以下「本件考案」という。)について実用新案登録(昭和五四年八月六日実用新案登録出願、昭和五九年五月二一日実用新案出願公告、昭和五九年一二月二六日設定登録に係る実用新案登録第一五七九一〇五号。以下「本件実用新案登録」という。)を受けた実用新案権者であるところ、被告は、昭和六〇年一一月二九日、本件実用新案登録について無効の審判を請求した。特許庁は、右請求を、昭和六〇年審判第二三四五五号事件として、審理した結果、昭和六二年二月五日、「本件実用新案登録を無効とする。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年四月六日原告に送達された。

二  本件考案の要旨

両端が解放され、適宜長さを有する筒体本体の下面外側所要箇所に、同筒体本体の軸線と交叉する軸線を有する分岐筒体を適宜間隔置きに複数個設け、該筒体本体と各分岐筒体との内部空間が連続して通じる籾殼搬送経路を形成すると共に、籾殼搬送経路において最も上手に位置する分岐筒体より更に上手となる筒体本体内部空間最上位部から、同最も下手に位置する分岐筒体より更に下手となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を緩傾斜に斜設し、筒体本体内部中空部を通過する籾殼を含む搬送気流の網状体接触長を長く、且つ、同網状体接触角度を緩くなる如く形成し、更に筒体本体および分岐筒体の外側面に籾殼回収袋上端係止部を形成して成る、籾殼排出口に接続する籾殼回収用補助筒体。

(別紙図面(一)参照)

三  本件審決の理由の要点

1  本件考案の要旨は、前項記載のとおり(実用新案登録請求の範囲の記載に同じ)である。なお、本件考案の要旨のうち、「両端が解放され、適宜長さを有する筒体本体の下面外側所要箇所に、同筒体本体の軸線と交叉する軸線を有する分岐筒体を適宣間隔置きに複数個設け、該筒体本体と各分岐筒体との内部空間が連続して通じる籾殼搬送経路を形成する」構成を「本件考案の構成要件A」といい、「籾殼搬送経路において最も上手に位置する分岐筒体より更に上手となる筒体本体内部空間最上位部から、同最も下手に位置する分岐筒体より更に下手となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を緩傾斜に斜設し、筒体本体内部中空部を通過する籾殼を含む搬送気流の網状体接触長を長く、且つ、同網状体接触角度を緩くなる如く形成する」構成を「本件構成要件B」といい、「筒体本体および分岐筒体の外側面に籾殼回収袋上端係止部を形成して成る」構成を「本件考案の構成要件C」という。

2  審判請求人(被告)は、本件実用新案登録を無効とすべき理由として、次のように主張する。

実開昭五四―八八三七七号公開実用新案公報(以下「第一引用例」という。)には、筒体本体とその下面に設けられた複数個の分岐筒体とによって籾殼搬送経路を形成し、上記搬送経路内を風送される籾殼を、上記各分岐筒体に係止部を介して装着された網袋等に補収するようにした籾殼回収用補助筒体が記載されており、また、実公昭四六―一一六五〇号実用新案公報(以下「第二引用例」という。)には、筒体本体と分岐筒体とが連続して通じる搬送経路において、上記分岐筒体より上手となる筒体本体内部空間最上位部から、分岐筒体より下手となる筒体本体内部空間最下位に亘って網状体を傾斜状に設置し、上記搬送経路内の煤塵を網状体に衝突させて、分岐筒体内に落下させるようにした吸塵装置が記載されている。

そして、本件考案は、網状体が緩傾斜に斜設されている点を構成要件としているが、本件考案の明細書には、網状体がどの程度に傾斜した状態を緩傾斜というのか、またその傾斜の相違によって籾殼の回収効果にどのような差異が生ずるかの点について具体的に記載されておらず、本件考案における緩傾斜の網状体の点は、第二引用例の傾斜網状体の技術概念に包含されるものであり、その設計変更事項である。そうすると、本件考案は、第一引用例の籾殼収納装置に第二引用例の吸塵装置における傾斜状網状体を組み合わせたものにすぎず、第一引用例及び第二引用例に記載された技術事項に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであり、その登録は、実用新案法第三条第二項の規定に違反してなされたものであり、同法第三七条第一項の規定により無効とされるべきものである。

3  本件審決の判断

(一) 本件考案の構成要件A及び構成要件Cを備えた籾殼排出口に接続する籾殼回収用補助筒体が第一引用例に記載されていることは、請求人(被告)の主張するとおりである。

(二) 本件考案の構成要件Bにおいて、筒体本件に接続された分岐筒体より上手となる筒体本体内部空間最上位部から分岐筒体より下方となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を傾斜状に設置してなる吸塵装置が第二引用例に記載されていることは、これまた請求人(被告)の主張のとおりである。ただ、本件考案の構成要件Bにおいて、網状体は複数個の分岐筒体に亘って設けられているのに対し、第二引用例の吸塵装置は、分岐筒体は一個であることからして、網状体が複数個の分岐筒体に亘って設けられているものではない点で、本件考案と第二引用例の考案とは、網状体の設置態様を異にし、そして、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲には、網状体が複数個の分岐筒体に亘って設けられていることに関連して「網状体を緩傾斜に斜設し、筒体本体内部中空部を通過する籾殼を含む搬送気流の網状体接触長を長く、且つ、同網状体接触角度を緩くなる如く形成し、」と記載されている。

(三) 本件考案と第一引用例のものとを対比すると、両者は、共に籾殼排出口に接続する籾殼回収用補助筒体に係るものであって、物品を同じくし、第一引用例のものは、本件考案の構成要件A及び構成要件Cを備えており、本件考案の構成要件Bを具備していない点で、両者は、一応相違している。

(四) 右の相違点について検討するに、筒体本体内部空間最上位部から分岐筒体より下方となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を傾斜状に設置してなる吸塵装置が第二引用例に記載されていることは、上述のとおりであり、該吸塵装置は、人体焼却炉における吸塵装置ではあるが、上記の網状体は、搬出経路である筒体本体内の煤塵を網状体に衝突させて、分岐筒体内に落下させるものであって、これは、本件考案の網状体のなす作用と同じくするものであり、そうすると、第一引用例に記載の籾殼排出口に接続する籾殼回収用補助筒体において、気流と共に筒体本体に送り込まれた籾殼を分岐筒体内に落下させるべく、筒体本体内部空間最上位部から分岐筒体より下方となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を傾斜状に設置したことそれ自体は、従来技術の単なる転用というほかはない。また、本件考案のように、筒体本体に適宜の間隔をへだてて複数個の分岐筒体を設けた場合においては、すべての分岐筒体に籾殼を落下させようとすれば(すべての分岐筒体に籾殼を落下させるようにしなければ、複数個の分岐筒体を設けた意味がなくなる。)、網状体と筒体本体及び分岐筒体との配置関係は、必然的に「籾殼搬送経路において最も上手に位置する分岐筒体より更に上手となる筒体本体内部空間最上位部から、同最も下手に位置する分岐筒体より更に下手となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を緩傾斜に斜設し、」となり、本件考案で規定している網状体と筒体本体及び分岐筒体との配置関係は、当然の設計事項である。

そして、網状体と筒体本体及び分岐筒体とのかかる配置関係を採る以上、網状体は、複数個の分岐筒体に跨がって配置されることからして、その傾斜は、一個の分岐筒体のみに網状体を配置した場合に比べ必然的に緩傾斜となる。また、本件考案において、網状体を緩傾斜に斜設することにより、筒体本体内部中空部を通過する籾殼を含む搬送気流の網状体接触長を長く、かつ、同網状体接触角度が緩くなり、その結果、籾殼による網状体の目詰りを防止し、また筒体本体内の圧力上昇を抑える等の明細書記載の作用効果を奏するものであったとしても、網状体の傾斜がどのような緩傾斜であると特に顕著な作用効果を奏するのか緩傾斜の具体的な数値を規定しておらず、そうすると、上記の作用効果は、網状体が緩傾斜であれば必然的に奏する作用効果であるというほかなく、特別顕著な作用効果であるとすることはできない。

以上のとおりであるから、本件考案は、第一、及び第二引用例記載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものであり、その登録は、実用新案法第三条第二項の規定に違反してなされたものであり、同法第三七条第一項第一号の規定に該当し、これを無効とする。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決の理由の要点1、2の摘示は認める。同3(一)の認定は認めるが、同(二)の認定は争う(ただし、本件考案の実用新案登録請求の範囲に指摘の記載のあることは認める。)。

同(三)の摘示は認める。同(四)の判断は争う。本件審決は、本件考案と技術分野を異にする第二引用例記載の技術内容と本件考案を対比したうえ、本件考案の目的及びその奏する顕著な作用効果を看過し、そのために本件考案と第一引用例との相違点についての判断を誤った結果、本件考案の進歩性を否定した誤った結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  本件審決は、本件考案の構成要件Bのうちの「筒体本体に接続された分岐筒体より上手となる筒体本体内部空間最上位部から分岐筒体より下方となる筒体本体内部空間最下位部に亘って網状体を傾斜状に設置した」構成が第二引用例に記載されているとした認定は、次に述べるような本件考案と第二引用例記載の考案との技術分野及び目的の相違とこれに伴う構成及び効果上の相違を考えると、本件審決の右の認定は誤りというべきである(取消事由1)。

(一) 技術分野及び目的上の相違

(1) 第二引用例記載の吸塵装置は、人体焼却時に発生する未燃焼物、すなわち煤塵(炭化物)を処理するものであって、その処理の対象となる煤塵は、発生量自体籾殼のように降り注ぐ程に大量、かつ連続状のものではなく、しかも、全体的に微少なもので、形状、大きさとも一定せず、自重は極めて小さく、その付着性も強く、煙突の吸引作用(強制送風ではない)によって容易に煙道内を浮遊するような状態で移動可能なものであるうえ、相互に付着したり、他のものに付着して肥大化する(したがって、網目の空間に引っ掛かるのではなく、網自体に付着して太り、次第に網目空間内に迫り出して目詰りを起こす)性質を有する物が対象となっている。

(2) 一方、本件考案は、籾摺り過程で発生する籾殼の処理に係るものであり、その処理すべき籾殼は、処理作業中大量、かつ連続して発生するものであり、その大半が、いわゆる米粒大のもので形状、大きさともあまり変わらぬほぼ一定のものであり、しかも付着性等はなく、形状では丸みがあって転がり易く、かつほぼラグビーボール半裁状で外観として凹部を有するために空気抵抗を受け易いうえ、遥かに煤塵より自重が大きいことから、その移動には強制的、かつ強力な送風を必要とし、その結果、網目の空間のような隙間に嵌まり込むようにして引っ掛かるおそれの高くなる物が対象となっている。

(3) したがって、両考案の属する産業分野は明らかに異なっており、しかも、対象となる物が、その性状において全く異質のものであって共通した部分を一切有しないものであることから、たとい、「空気中からの分離」という機能的課題の点で共通するところがあるとしても、実質解決しなければならない技術的課題の点では何ら関連性の認められないものであることが明らかである。

右に述べたとおり、進歩性の判断の基礎とされた第二引用例に記載された火葬炉の技術と本件考案の属する技術分野との間には大きな隔たりがあるうえ、火葬炉の設備の技術的開発は、すでに第二引用例が公知となった昭和四六年以降は再燃焼装置(未燃焼物の発生防止装置)を備えさせ、無煙、無臭、無煙突とするような方向に進んでおり、炉としてみても、火葬炉は特殊な炉として扱われており、特に「火葬炉メーカー」あるいは「築炉メーカー」という特別な技術分野が存在していたのである(昭和五五年二月二五日丸善株式会社発行・第2版建築学便覧Ⅰ計画第八四七頁・甲第六号証の一ないし三、昭和六三年三月社団法人日本産業機械工業会発行・小型焼却装置の焼却炉用語の定義・甲第七号証参照)。

このように、両考案の属する技術分野、目的が相違する以上、当然のことながら、次のような構成、効果においても相違がみられるのである。

(二) 構成上の相違

第二引用例の考案においては、煙道1に対して排口3が一個であり、本件考案の「複数個の分岐筒体」に相当する構成がない。また、第二引用例においては、二重の防塵網4、5を設けるとあるだけで、特に細かい構成についての記載がないところ、その実施例として示されたものを参酌すれば、「(第一防塵網)4は排口3と少許の間隙を設けかつ全体を傾斜させて煙道内に設けた」(第一欄第三〇行ないし第三二行)ものであり、第二防塵網は第一防塵網4の後方に設けた、全体を傾斜させて取り付けたもの(第一欄第三二行ないし第三四行)であって、図面上、それらの防塵網4、5とも、その下端が排口3内に収められ、かつ傾斜角がいずれも五七度程度の急傾斜構造のものとして示されるだけで、殊更網状体の取り付け構造やその傾斜角度等と目詰まり防止機能との関連性に言及した記載箇所もなければ、それを示唆するものもない。したがって、両者は網状体の張設構造において相違している。更に、第二引用例では、煤塵を流水で回収方向に誘導する(煤塵の性質上、排口3の内壁に付着、堆積してしまうために必要となる回収手段である。)のに対し、本件考案においては、そのようなものは一切必要とせず、籾殼の移動は専ら籾殼の自重によるところ大とするものであり、籾殼の形状上の特徴と網状体の特徴ある張設構造とが相俟って、籾殼は自然に失速、落下し、下方に収容されるものであり、両者は誘導手段に係る構成においても相違する。

(三) 作用効果上の相違

右のような構成上の相違に基づき本件考案と第二引用例の考案との間には作用効果上も次のような相違がある。

本件考案のものは、個々の空気抵抗の具合や網状体表面での転動具合の違い等によって自然に分散状となって失速する籾殼が、複数個形成された分岐筒体の所為で効率良く回収されるという利点を有するが、第二引用例のものには、複数個の分岐筒体がないので、右のような効果はなく、また、煤塵回収自体、本件考案の籾殼回収のように降り注ぐ程に大量、かつ絶え間なく発生する物を対象としていないことから、本件考案のようにする必要性すらないのである。また、本件考案のものは、網状体の上下端部の取付け位置が規制されているため、該網状体の筒体本体内への取付けが容易なものとなるうえ、緩傾斜構造の実現が確実なものとなって、籾摺り作業中に大量、かつ絶え間なく排出されてくる籾殼に対しても、その籾殼が網状体3に衝突するのではなく転がりながら失速するため、網状体3の網目に刺さり込む可能性も少ないうえに、たとい、刺さり込みかけた籾殼も後から転がってくる籾殼によって抜け出してしまい、目詰まりに対して自浄作用を発揮するという特徴を有し、更には、搬送気流の網状体接触長が長いため、籾摺機から排出される籾殼が、時として大量になりすぎた場合でも気流の抜け出す隙間が十分確保され、筒体本体1内の圧力が上がっても籾摺機の選別能力に影響を与えたり、分岐筒体2、2……方向へ気流を流れ出させてしまうようなことがなく、したがって、ほとんどあらゆる収納袋の使用が可能になるという特徴を奏することとなる。他方、第二引用例には、右のような作用効果についての記載も一切なければ、構成上からもそれを望むことは不可能である。更に、本件考案のものは、構造が簡潔で安価に製造することができるとともに、作業内容も簡素化されるという特徴を有するが、第二引用例のものとの構成上の相違はさておき、その産業分野の違いから、対応する作用効果としては比較すべきものがない。

2  本件審決が、本件考案における網状体の作用も、「搬出経路である筒体本体内の煤塵を網状体に衝突させて、分岐筒体内に落下させる」ところの第二引用例の網状体の作用と同じものとみた誤り(取消事由2)

本件考案の目的及び作用効果についての前叙の説明から明らかなように、本件考案における網状体は、籾摺機から排出される籾殼を衝突させて分岐筒体内に落下させるものではないのである。すなわち、本件考案の目的とするところは、それまでの籾殼回収方法では必ず通気性のある籾殼回収袋を使用しなければならなかったのに対して、「通常の紙製、プラスチック製等の比較的低廉な袋を籾殼回収袋として使用」(本件公報第二欄第三二行ないし第三三行)できるようにするために、各分岐筒体方向へ搬送気流が流れ込んでしまう原因となる網状体の目詰まり現象の防止策として、籾殼が網状体に対して「衝突するのではなく転がりながら失速」(同第四欄第三七行)し、「網目に刺り込む可能性が少ない上、例え刺り込みかけた籾殼も後から転がってくる籾殼によって抜け出してしまい、目詰りに対して自浄作用を発揮する」(同第四欄第三八行ないし第四一行)ようにするため、網状体を緩傾斜に設置したものである。

3  本件審決は、本件考案における構成要件Bについて、「筒体本体に適宜の間隔を隔てて複数個の分岐筒体を設けた場合において、すべての分岐筒体に籾殼を落下させようとすれば(すべての分岐筒体に籾殼を落下させるようにしなければ、複数個の分岐筒体を設けた意味がなくなる。)、必然的にそのようになる当然の設計事項である。」と判断した誤り(取消事由3)

本件審決のこの点の判断の誤りは、前項で述べたとおり分岐筒体を複数個設けたことの技術的意義を誤解したことに起因するが、更に籾殼回収の技術的背景を無視したものというべきである。すなわち、従来例である第一引用例記載の考案に係る実用新案公報(昭五六―九六〇一号)(甲第四号証の一)にみられるように、それ自身ある程度の自重を有し、空気抵抗も受けてしまって次第に失速、落下してしまう籾殼を各分岐筒体に誘導、回収するためには、必ずしも網状体を必要としないばかりか、拒絶理由に従来例として引用された実願昭五三―一五四五一〇号の明細書(甲第三号証)をみても、網状体を用いるとしても、分岐筒体の開口部分全体に股がらせて網状体を斜設する必要もなく、ましてや複数個の分岐筒体全体に股がらせて斜設する必要は毛頭ないのである。この種「網状体」は、あくまでも「籾殼を含む搬送気流」からそれ自体ある程度の自重があって空気抵抗も受ける「籾殼」を分離するためのフィルターとして機能するものとしてみられていたのである。したがって、本件審決の右の判断は、このような技術的背景を全く無視したうえでなされたものであることも、その説示に照らして明らかである。

4  本件審決が、「緩傾斜の数値が具体的に規定されていないから、目詰まり防止、圧力上昇の抑制等の効果は、網状体が緩傾斜であれば当然に奏する作用効果である。」と判断した点(取消事由4)

先にみた従来例から明らかなように、それ自体ある程度の自重を有し、空気抵抗も受けやすい大きさ、形状の籾殼を搬送気流中から分離、回収するために、従前までは籾殼を含む搬送気流を網状体の袋の中に誘導して搬送気流だけを通過させてしまうか、筒体内部末端近くに網状体を配するかのいずれかの手段しか開発されておらず、本件考案の出願前においては網状体を「斜設」するという技術的思想は存在した(前掲甲第三号証参照)ものの、どのような状態に配するのが最も効果的であるのかというような技術的な解明までは全くなされていなかったのである。このような本件考案の出願前の技術水準からみると、網状体の「斜設構造」、すなわち、水平でも直角でもない角度の範囲の中において、「急傾斜」ではない「緩傾斜」の範囲に特別に網状体の配設の構成を特定したことで、この分野における「斜設構造」としては十分その構造が特定されたことになるはずである。事実、前掲甲第三号証に記載された「スクリーンを傾斜させた」構成を先行技術として把握した審査段階においても、「緩傾斜」という表現で規定された範囲の「斜設構造」に新規性、進歩性が認められていたのである。本件審決は、前叙のとおり網状体の「緩傾斜」構成のもつ機能を誤解しているものの、作用効果については、一応、目詰まり防止効果と圧力上昇抑止効果とを指摘し、「緩傾斜」の具体的な数値を規定していないことをもって、これらの効果が「緩傾斜」なら必然的に奏するものと判断した。しかしながら、前叙のとおり本件考案の出願当時においては、単に筒体内に網状体を「斜設」配置するだけの技術的思想しか存在していなかったのであり、そのような技術水準のもとにおいて、「傾斜」構造のうち、「緩傾斜」に構造を特定することに対応した有効な作用効果の確認がなされている(甲第一二号証の風圧測定結果報告書によれば、緩傾斜、すなわち四五度辺りが網状体への籾殼の付着(刺さり込み)をなくし、筒体内風圧を籾摺機の米と籾殼との風選に支障のない範囲に抑える限界であることが明らかである。)以上、「総傾斜」の構造自体、進歩性の判断評価を受けてしかるべき重要な技術的事項であるというべきである。本件考案における「緩傾斜」の語句は、本件考案の属する技術分野が前叙のとおり遅れており、「傾斜」配置そのものが一般的でなかった技術的背景の中において、度重なる実験結果の末に到達し得た有効な「傾斜」構造の技術的範囲を示す語句として使用されているのであり、「総傾斜」の語句が、四五度を境にした「急傾斜」に対して、四五度辺りを境にして緩い側に傾いた状態をいうことは常識的にも理解し得るところであるから、十分に技術的範囲を特定しているものといい得るのである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は争う。本件審決の認定及び判断は、正当であり、何ら違法の点はない。

1  取消事由1について

仮に、本件考案のごとく、殊更に、「網状体を緩傾斜に斜設」したとしても、第二引用例記載のものとの構造的差異は、分岐筒体の数によって網状体が緩傾斜になること(これは、構成上必然的結果である。)、及び筒体本体の最下位部と網状体下端近傍部との間で断面三角状の空洞部分が形成されるか否かの二点にとどまるものである。そして、後者における空洞部分は、風送されてきた籾殻によってたちまち充填されてその存在意義が失われることは明白である。したがって、本件考案における構成要件Bの相違に基づく作用効果は第二引用例のもののそれと何ら変わるところがない。第二引用例記載の技術における回収対象物が、異質のものであるとはいえ、網状体を斜設するという技術的思想が公知であった事実を踏まえれば、本件考案の籾殼回収用置補助筒体における搬送気流の網状体接触長、同接触角度は、筒体本体及び分岐筒体の内径と分岐筒体の設置数またはその間隔等によって個別に変化する構成上の必然的成果である。なお、原告は、第二引用例記載の技術が、本件考案の属する技術分野と大きく異なる点を強調するが、進歩性の判断に当たって、技術分野が異なるか否かという問題は、販売分野や完成品の利用分野によって決定されるべきものではなく、技術的思想として利用できるかどうかという面から判断されるべきである。すなわち、一方は農業機械であり、他方は火葬炉ではあるが、技術的には一方は風送された籾殼を外部に直接放出しないように網状体を利用したものであり、他方は、燃焼後の煤塵を煙突側に排出しないように網を利用したものであって、たとえ、両者に質量、風圧等にいくばくかの相違があるとしても、いずれも内部に斜設された網状体によって気流と風送物とを分離するという点に関しては技術的に何ら差異がないのである。したがって、本件審決が、第二引用例を本件考案の進歩性判断の基礎とした点には、何ら誤りはない。

2  取消事由2について

原告は、構成要件Bによる効果について、本件考案の網状体は、「籾摺機から排出される籾殼を衝突させて分岐筒体内に落下させるものではなく、転がりながら失速させ、網目に刺さり込む可能性も少なくし、たとえ、刺さり込みかけた籾殼も後から転がってくる籾殻によって抜け出すので、目詰まりに対する自浄作用を発揮する」旨主張するが、本件考案がそのような作用効果を奏するものとは認められない。すなわち、斜設した網状体に対する風送物の「刺さり込み」あるいは「転がり」現象は、当該風送物の性状、すなわち重さ、形状(大きさ)、及び特に搬送気流の風圧等に大きく左右されるほか、網状体の構造、すなわち網材の細太や目巾の大小に影響されるものであって一概に網状体の斜設角度の緩急だけで決定されるものではないからである。

第二引用例の考案が対象としている軽量で、柔軟な煤塵でも、それに相応する風量、風圧を与えれば、網状体の斜設角が四五度以上であっても「転がりながら失速」するし、また、右のような「自浄作用を発揮する」ことも当然起こり得るものである。

3  取消事由3について

本件考案における「網状体を緩傾斜に斜設」する構成による作用効果を、前叙のとおりみるほかないとすると、網状体の機能を本件審決のように理解すべきは当然であって、本件審決のこの点についての判断に誤りはない。

4  取消事由4について

原告は、本件考案の出願前には、単に筒体内に網状体を「斜設」配置するという技術的思想しかなく、どのような状態に配するのが最も効果的であるのかというような技術的な解明まではなされていなかった旨主張するが、網状体を「斜設」配置する構成存在している以上、それらの網状体の傾斜配置で不都合が生じた場合には、該網状体の傾斜を緩急いずれかに変更する程度のことは当業者でなくとも、何らの考案力を要せずして即座になし得る単なる設計事項というべきである。したがって、本件考案における構成要件Bには、何ら考案性はない。また、原告は、本件考案における網状体の「緩傾斜」配置とは、四五度辺りを境にして緩い側に傾いた状態をいうと主張したうえ、これによって構成が十分に特定されたものといい得るし、かつ風圧測定結果報告書(甲第一二号証)によって、「緩傾斜」配置による有効な作用効果も確認できると主張する。しかしながら、網状体の傾斜角度を単に「緩傾斜」と表現しても、その範ちゅうには籾殼と搬送気流の分離機能が効果的に得られないと思われる一度や二度の傾斜角が包含されるのであるから、本件審決が、「緩傾斜の具体的な数値を規定して」いないので、「(本件考案が奏するとされる)作用効果は、網状体が緩傾斜であれば必然的に奏する作用効果であるというほか」ないとしたのも当然のことである。

また、原告の提出に係る風圧測定結果報告書(甲第一二号証)の内容をみても、顕著な効果の認められるのは、三〇度と一〇度の場合のみであり、四五度での効果は八〇度や六〇度の場合と大差がないのであるから、原告が四五度以下をいうものと主張する「緩傾斜」全域には実際に作用効果が得られない範囲が含まれることとなる。

右の風圧測定結果報告書によっても、原告のいうように、傾斜角度が四五度辺りが網状体への籾殻の付着(刺さり込み)をなくし、筒体内風圧を籾摺機の米と籾殻との風選に支障のない範囲に抑える限界であることが明確にされてはいない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

1  前記争いのない本件考案の要旨に、《証拠省略》を総合すると、本件考案は、籾摺機の籾殼排出口又はこれに接続された二股籾殼回収用筒体の籾殼排出口に接続された籾殼回収袋に籾殼を効率良く回収できるようにするための籾殼回収用補助筒体に関する考案であるが、本件考案の要旨のとおりの構成を採択することによって、次のような籾殼回収用補助筒体の技術的課題(目的)を達成しようとしたことが認められる。すなわち、籾摺機の籾殻排出口から搬送気流とともに排出される籾殼はその自重と搬送気流の一部によって各分岐筒体に分散誘導されるが、本件考案においては、その分散過程で、「網状体3が気流の流れ方向に緩傾斜に斜設されていることから、籾殼は網状体3に衝突するのではなく転がりながら失速するため、籾殻が網状体3の網目に刺り込む可能性が少ない上、例え刺り込みかけた籾殼も後から転がってくる籾殼によって抜け出してしまい、目詰りに対して自浄作用を発揮することになる。」(本件公報第四欄第三五行ないし第四一行)のである。

本件考案の解決すべき技術的課題が、籾摺機において、前叙のとおり搬送気流による籾殼の網目への刺さり込みによる目詰まり現象を防止し、これに伴う筒体内の風圧上昇を抑えるところにあり、かつ具体的な処理の実際においては、対象となる籾殼の形状、大きさ及び自重、網状体の網目の精粗並びに籾摺機からの搬送気流の速度などの条件が一様でないことは明らかなことであるから、本件考案の実用新案登録請求の範囲における「網状体を緩傾斜に斜設」するとの記載は、籾殼が網状体に衝突するのではなく転がりながら失速することにより網目に刺さり込むことなく各分岐筒体内に分散誘導される程度に緩い角度で網状体を設置することをいうものと解するのが合理的である。

2  第一引用例(本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であることは、原告も明らかに争わないところである。)記載の考案は、別紙図面(二)にみられるとおりの構成からなり、籾殼排出口に接続する籾殼回収用補助筒体が本件考案の構成要件A及びCを備えているものの、本件考案の構成要件Bを備えていない点において、本件考案と相違するものであることについては当事者間に争いがない。そして、本件考案の技術的課題が前記認定したところにあることに徴すると、右に摘示した構成要件Bに本件考案の特徴点があることも明らかというべきである。

3  《証拠省略》によれば、第二引用例(本件実用新案登録出願前に頒布された刊行物であることは、原告も明らかに争わないところである。)に開示された考案は、別紙図面(三)にみられるとおりの構成からなる人体焼却炉における吸塵装置であり、従来の装置では、煙道を通過する火焔中に含まれる大部分の未然焼物が煙突の吸引力により大気中に放出されていたことから、煙道の中途に強靱な防塵網を二重に設け、後方の防塵網の下端に流水を通して煤塵を別途に設けた沈澱槽に導き、この沈澱槽で煤塵を処理することによって大気中への未燃焼物の散逸を防止しようとするものであることが認められる。

4  右に認定したところから明らかなように、本件考案は農業機械である籾摺機の籾殼回収筒体に接続される補助筒体に係るものであるのに対し、第二引用例記載の考案が人体焼却炉に係るものであるから、両者はその属する機械的分野において隔たるものがあることは明らかである。更に、本件考案が専ら籾殻という一種類の物質のみを処理の対象としているのに対し、第二引用例記載の考案は人体焼却炉による焼却の際に生ずる人体の未燃焼物という極めて特異な物体の処理を対象としており、それに含まれる物質の成分、大きさ、形状等についてさまざまなものが予想されるから、両考案の処理物質は明らかにその性状を異にし特に、籾殼にあっては、人体の未燃焼物と比べれば、自重が大きくその搬送には強力な搬送気流が必要となるので、網状体を用いて搬送気流から籾殼を風選するに当たっては、網目に刺さり込むおそれが大きい性質のものである(籾殼がこのような性状のものであることは、本件公報の考案の詳細な説明からも容易に理解できることである。)ことから、両考案において、一口に網状体といっても、その考案の目的に照らし構造、設置場所、設置形態などが異なるのであり、これを技術的に同視することは困難であるというほかない。

このように、第二引用例記載の考案は、本件考案の属する技術分野からは著しく離れた分野の技術で、籾摺機関連業界の当業者が人体焼却炉に関する技術に着想を求めること自体期待し得ないところであり、また、両者の技術を対比しても、例えば、処理の対象として予定された物質の形状及び性質において著しく相違するといわざるを得ない。そのうえ、第二引用例を通してみても、本件考案における籾摺機の分野に転用でき、かつ前記認定のような本件考案における技術的課題の解決に資するものであることを示唆する記載も見いだせないのであるから、本件考案と第一引用例記載の考案との相違点に関する判断に際して、本件審決が、第二引用例に記載された考案を引用したことには、これを是認すべき合理的根拠がないものといわざるを得ない。

この点、被告は、技術分野の違いを考える場合には、販売分野や完成品の利用分野に違いをみるのではなく、技術的思想として利用できるかどうかという面から判断されるべきであるとしたうえ、本件考案も第二引用例記載の考案もともに筒体内部に斜設された網状体によって気流と風送物とを分離するという点において何ら技術的に差異がない旨主張するが、本件考案と第一引用例記載の考案との相違点について、転用容易性判断の基礎となり得るのは、本件考案の属する技術分野に少なくとも近接した範囲における技術であり、かつ解決すべき課題ないし目的において共通性のある技術事項の開示である必要があるが、第二引用例がかかる技術事項を開示した引用例でないことは前叙のとおりである(技術的課題としても、両者を単に筒体内部に斜設された網状体によって気流と風送物とを分離するという点で共通するものと把握することはできない。)から、右の被告の主張は採用できない。

このように、第二引用例記載の考案は、本件考案と技術分野を異にし、本件考案の進歩性の判断に当たり対比すべき技術ではないのに、本件審決が、両者を対比したことにおいて既に誤りであり、したがって、第二引用例の考案に基づいて本件考案と第一引用例記載の考案との重要な相違点についての判断をなしたうえ、本件考案の構成要件Bについて第二引用例の考案から容易になし得る程度の設計変更事項にすぎないと判断して本件考案の進歩性を否定したことは、違法であって、取消しを免れない。

三  以上のとおりであるから、本件審決に認定判断を誤った違法があることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 小野洋一)

<以下省略>

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